Do the Rwanda!
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ルワンダでの日々の生活

アフリカで盲腸の手術?私が感じたルワンダの医療事情

 

ムラーホ!(こんにちは)
アフリカのルワンダで活動している、津田ナツキ(@ntktd3713)です。
実は8月の後半から9月の3週目までの約1か月間、任地での活動をお休みさせていただいておりました。ブログもしばらくお休みしておりました。

実は私、ルワンダで盲腸になってしまいました。

今回は、その経緯や理由について書いていきます。

 

盲腸発見、手術、療養までの経緯

総会出席のため、首都へ

 

それは遡ること1か月前、8月22日。

私は協力隊の総会のため、首都に前泊をしていました。隊員との夕食を済ませ、ホテルに戻ると、立っているのも辛いほどの激しい腹痛、下痢、嘔吐。ベッドに横になっても何をしても激しい痛み。

腹部の痛みと下痢は一晩中続き、一睡もすることなく、朝を迎えたのでした。

 

この時は何か変なものでも食べたかな?胃腸炎かな?と思っていました。あまりの痛みに失神しそうでした。

痛くて、痛くて、一晩中う~、う~と唸っていました。あの痛みは二度と味わいたくないですね。

 

朝を迎え、JICA事務所へ

 

翌日、とりあえず、JICA事務所にタクシーで向かいました。

健康管理員に痛みや症状を伝え、総会の出席は諦め、クリニックで受診をすることに。

事務所で先に検便をしようとチャレンジしますが、一晩中の下痢、嘔吐のせいか、何も出てきませんでした。(汚くてごめんなさい)そこで、様子を見てしばらくベッドで横にならせてもらうことにしました。

 

腹部の痛みが移動?

 

検便もとれず、痛みも治まらないので、健康管理員さんが触診をしてくださいました。

腹部の痛みがおへそのあたりから→右下に移動していることが分かりました。

 

健康管理員さんが、「まさかこれ盲腸かも?」

 

その場では盲腸というワードに馴染みがなく、パッと理解できませんでした。

すぐに、健康管理員さんと一緒にルワンダで一番大きな病院キングファイサル病院の緊急外来へ。

 

検査はトータル13時間?ルワンダの病院

午後1時に病院に到着し、緊急外来にで受付を済ませ、各検査が始まりました。

検査の前にまずは、支払い。領収書を見せないと、検査はしてくれないようです。

 

まずは、血液検査→尿検査→エコー検査→CT検査といった流れで検査していきますが、なかなかスムーズに検査が進まず、検査と検査の間に3時間も時間が空くことも。

病院はそんなに忙しそうに見えなかったのですが、緊急外来のベッドで、ひたすら待っていました。

 

エコー検査を終えたときに、通称盲腸(虫垂炎)が大きく腫れあがっていることが分かり、炎症を抑える抗生剤を点滴。

最後のCT検査の結果が分かったのが夜中の2時。検査で13時間はかかったことになります。(日本だったら信じられない)

そこで、自分の盲腸が太さが11ミリにも膨れ上がっていることが分かりました。(通常は3ミリか4ミリだそうです)

 

「早めに見つかってよかったね」というドクターの一言を覚えています。

 

そのとき、もし自分が首都ではなく、任地にいて、発見までが遅れていたら危なかったということを知りました。

 

どこで手術をするか?

そして翌日の朝、

健康管理員さんから「もしかすると他の国に緊急搬送になるかもしれない」

そんなことも考えていなかったので、思わず「えーっ!」と声が出てしまいました。

 

私の場合腫れがひどく、薬で散らしても再びまた盲腸が腫れて危険なんだそう。

そこで、

(1)ルワンダで手術

(2)他の医療レベルの高い国で手術する

(3)日本で手術する

この3つの選択肢となりました。

健康管理員さんが日本のJICAの顧問医と何度も連絡を取り合ってくださって、さらに日本のJICA本部も保険会社と何度もやりとりしてくださいました。

そこで医療技術の高い南アフリカで手術することが決まりました。

結果としては、

(1)ルワンダで手術×

→腹腔鏡手術の技術がなく、お腹をざっくり切られる。過去に日本人が手術した実績も少ない。感染症のリスクも少なくない。

(2)他の医療レベルの高い国で手術する

→腹腔鏡手術の可能な南アフリカで手術。

(3)日本で手術する×

→高度の高い飛行機内で24時間の移動は、盲腸が破裂する恐れがある。

 

緊急移送で南アフリカへ

 

健康管理員さんをはじめ、JICA本部や日本の保険会社、現地の保険会社、病院間でやりとりをしてくださり、なんとか南アフリカでの受け入れ先の病院が決まりました。

緊急外来で入院してから、3日後のことでした。

 

診断も緊急搬送も決まるまではすごく長く感じて、今後自分はどうなるんだろうと思い、不安な気持ちでいっぱいでした。もちろんお風呂も入れないし、着替えもなく、いつ手術になるか分からないため、食事も3日取れず、今後どうなるのやら・・・この時間が一番つらかったのかも。

待っている間は、入院という形ではなく緊急外来のベッドで寝させてもらっている状態で、横のベッドではマラリアの患者や血だらけの患者さんが何人も入れ替わりました。

 

ドクターからは、「なんでここにいるんだ?僕が手術できるのに!なんで他の国に行くんだ!僕は中国人の盲腸も手術したんだ!」と少し嫌なことも言われ・・・なんて返せばいいか分からず、困惑することも・・・

 

 

緊急搬送の時間が来て、ルワンダの病院から救急車に乗って、そのまま空港へ。

 

 

救急車内で待機している間に、パスポートのチェックも終わり、飛行場へ向かうと・・・

小型ジェット機が!!!

機内の中。

 

中にいたのは南アフリカ人のドクター、ナース、パイロットでした。

飛行機の中のベッドに横になり、抗生剤の点滴を打ちながらフライト。

 

途中吐き気もありがなら、3時間半かけて、ルワンダから南アフリカのヨハネスブルグまで飛んだのでした。

 

 

生まれて初めての手術はアフリカで?

南アフリカのヨハネスブルグに到着。

南アフリカの地に足をつけることなく、飛行機からそのままベッドに横になり、救急車でサントンクリニックに運ばれました。

 

病院につくと、ここは・・・日本?いやヨーロッパ?と思わせるほどの綺麗で清潔感のある院内。

病室も可動式のベッド、テレビ、シャワー付きの部屋等・・・アフリカクオリティーを遥かに超える設備が整っていました。

 

 

生まれてこの方手術をした経験がなく・・・知っているひともいないこの南アフリカの手術は、正直、緊張と不安でいっぱいでした。日本にいる家族や友人、協力隊関係者の皆さん、ルワンダ隊の友人たち、SNSで応援してくださっている方々の声援が何よりの支えでした。

 

次の日の朝8時、腹腔鏡手術により、虫垂炎の摘出をしました。全身麻酔だったので、手術台に寝て10秒後の記憶はなく、目が覚めたのは手術後1時間後だったそうです。

へその部分、へそ左、へそ下の3か所に1センチほど切って手術したのだそう。傷が最小限で良かった。

 

目を覚ますと明るい光が眩しく、ひどい眠気がありました。体は重く、動きませんでした。

 


お見舞いに来てくれた南アフリカの同期SVの方と。こんな形で再会するとは(笑)

 

 

ひたすら歩きなさい!療養生活のスタート!

 

手術が終わった日は、思ったように体が動かず、腹部に力を入れることができませんでした。お腹はすいているのに、食事も喉を通らず・・・

 

ドクターからは

「できるかぎり歩きなさい!」と指示が。

 

何日間かは、お腹に力を入れることができなかったためか、排せつもできず、

術後お腹がパンパンに膨らんで、傷も痛むので一歩一歩ゆっくり歩くのが精一杯でした。

 

 

 

 

院内感染を防ぐために、術後2日で退院。
そこから首都プレトリアのホテルで療養生活を8日。

ルワンダに戻り、首都療養を10日。

自宅に戻り、自宅療養を1週間。

 

 

できる限り自分の足で一日、一日歩ける範囲を広げていきました。日に日に通常通り歩けるようになりましたし、排せつ機能も元通り。傷の痛みも引いていきました。

 

 

 

現在では一か月前手術をしたことも忘れるほど、元気になりました!

 

そして、先週から約1か月振りに活動先のろう学校で、活動を再スタートしています。

 

 

 

肌で感じたアフリカの医療

今回私は幸運にも医療レベルの高い南アフリカで手術を受けることができました。

しかし・・・もし、ルワンダで受けていたら・・・(受けていないので分からないのですが)ゾッとするエピソードがいくつかあったので、記録に残しておきますね。びびらないでくださいね。

 

血がドドドドド・・・。恐怖の採血

ルワンダの病院で採血をされたときのお話です。

採血時に見たことのない血が床にドドドドドドっとしたたり、床が赤く。

右手も血が垂れ、靴下にも。

靴下にもついてしまった血。

 

「ソーリーソーリー」と看護師さんに言われたのですが、一発目の医療行為がこれだったので、身の危険を感じてしまいました。

 

 

病室なのに蚊がブンブン。

 

はい。蚊がブンブン飛んでいました。3日間いた緊急外来の部屋にも気になるほどの蚊が。

蚊帳もなく、寝ているときに蚊に刺されてしまいました。

隣の患者さんは何人かマラリア患者さんでしたので、感染する可能性もあり、これもまた恐怖を感じました。

(自分はマラリア予防薬を服用しているので大丈夫でした)

 

ベッドはざらざら・・・血痕、医療器具は床に。

 

寝ているベッドはなぜか、ざらざらしました。

毎日清掃は入っていると思うのですが、血痕が落ちていたり、使い終わった小さな医療器具やゴミがそのまま床に。

日本だと想像がつかないですよね・・・

 

 

発展途上国の医療技術

ルワンダでは、もちろんしっかり勉強をされ、経験も積まれたドクターが働かれていますが、この場所で医療を受けるのは正直怖い、と思ってしまいました。

自分が検査を受けたのは、ルワンダでも一番大きな病院。

この病院にはエコー検査もCT検査もできる機材が揃っています。

しかし、他の病院や地方レベルになると、機材もなければドクターもいないクリニックも存在します。

 

発展途上国の医療技術はまだまだなんだなと肌で感じた出来事でした。

 

 

命はお金で買うもの?前払い主義の発展途上国の病院

今回のことでたくさんのことを学ぶことができましたが、その中でも発展途上国の前払い主義についてとても考えさせられました。

 

それは、こんなエピソードが。

・ルワンダで診察の前も検査の前も必ず領収書の確認をされた。
・南アフリカでは手術前に麻酔科のドクターから、支払いは大丈夫?と確認された。

 

日本だとまずは人命救助、というイメージがあったので、

発展途上国では、領収書がないとそこから医療は受けられないということを知り、衝撃を受けました。

 


これは、後払い主義である日本がかなり特別のようです。他国は前払い主義が多いのだとか。

 

これはつまり、お金がない人は医療を受けることができない、ということ。

命はお金で買える、ということ。

 

自分の中でこの結論に至ったとき、どうすることもできない、もやもやが心の中に残りました。

 

 

 

健康がなければ成り立たないボランティア活動

何のためにここにいるのか?

 

今回のことで、心も体もだいぶ落ち込みました。

健康体と思っていたら、まさか自分が盲腸になるとは。

しばらくの間療養させていただきましたが、いつも考えてしまうことがありました。

それは

「何のために自分はここに存在するのだろう。何のために発展途上国にやってきたんだろう。」

 

 

せっかくボランティアをするために、発展途上国に少しでも良くするためにわざわざルワンダまでやってきて、結局自分は盲腸になってたくさんのひとに迷惑しかかけていない。

療養中は自分の存在意義を考え、落ち込み、何もすることができませんでした。

ここにいていいのか、せめて何かを残さなければという思いで、SNSだけ更新し続けていました。こうして今ブログでまとめると、あのときの気持ちを綴っていて良かったと思っています。

 

 

今までよりも健康について真剣に考えた

 

健康でなければ、もちろんボランティア活動はできないし、発展途上国にも来れない。

健康であることは、ありがたいことなんだと気づけたこの出来事。

これまで以上に自分の体や健康についてもっと真剣に考え、自分自身で自分の体を大切にしていこうと思いました。

 

これからの生活について

 

初めての経験、人生初めての手術。

 

JICA本部やルワンダ事務所の皆さま、南アフリカ事務所の皆さま、大使館関係の皆さま、ルワンダ隊の皆様、日本の家族や友人、恋人、SNSで応援してくださっている皆さま等・・・本当にたくさんの人にご迷惑をおかけして、そして支えられました。本当にありがとうございます。心から感謝申し上げます。

 

 

「もし、少しでも発見が遅れていたら、破裂して命の危険もあったかもしれない」

と、ドクターに言われたときはびっくりしました。

 

 

ルワンダのホテルで看病してくれた友人、タクシーに一緒に乗せてくれた友人、夜もずっと付きっ切りで対応してくれたルワンダ事務所の健康管理員さん、お見舞いに来てくれたルワンダ事務所スタッフの皆さん、同期のみんな、手術から療養までずっとサポートしてくださった南アフリカの健康管理員さん、南アフリカ事務所の皆さん、自分のために的確な判断をしてくださったJICA本部の方々、大丈夫?と心配してくれた友人など・・・

 

数えきれないほどたくさんのひとに助けられて、今こうしてルワンダで活動することができています。

 

本当にありがとうございました。

 

たくさんのひとにお世話になった分、これからの活動をこれまで以上に頑張っていきます!

もちろん健康に気を付けながら・・・

皆様も、盲腸にはお気を付けください!

 

 

 

書こう書こうと思って、なかなか勇気が出ず・・・やっと書くことができました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

ABOUT ME
津田ナツキ
世界の貧困をこの目で確かめる、ことを目的に青年海外協力隊としてルワンダで草の根活動中。ろう学校で教師として英語、情操教育を指導しながら、校内カフェレストランの立ち上げ、障がいに優しい街づくりを実践中。