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ルワンダ北部で反政府軍による襲撃事件?~走る緊張感と現地の状況~

ムラーホ!(こんにちは)
アフリカのルワンダで活動している、津田ナツキ(@ntktd3713)です。

 

先日10月4日の金曜日夜、ルワンダ北部のキニギセクターで武装勢力による襲撃事件が起こりました。実はここは自分の住むセクターの隣のセクターなんです。

 

今回はこの事件についてまとめていきます。

 

事件の概要について

 

今回の事件が起こったのは、2019年9月18日金曜日、夜。

武装集団によって、住民が亡くなる襲撃事件が起こりました。

 

事件があった場所は、ルワンダ北部のキニギセクター

ここは、マウンテンゴリラで有名な火山国立公園が位置するセクターで、毎日のように外国人観光客が訪れる観光地です。この火山国立公園付近で事件が発生したとのことです。

 

 

 

亡くなった住民は18人。

負傷者は14人となっています。(2019年10月現在ルワンダ政府が公表している人数)

 

かなり大きな襲撃であったことが分かります。

 

事件の犯人は?

 

事件を起こした武装組織は隣国のコンゴ民主共和国から来たFDLRのメンバーと言われています。

FDLRとは?

ルワンダ解放民主軍(ルワンダかいほうみんしゅぐん Democratic Forces for the Liberation of Rwanda、FDLR)は、ルワンダの反政府武装勢力。2010年現在、ルワンダ国内に主だった軍事拠点はなく、隣国のコンゴ民主共和国東部地域を活動の拠点としている。

ルワンダ解放民主軍は、1994年のルワンダ虐殺で中心的な役割を果たしたルワンダの旧軍兵士およびフツ族住民が中心に結成された組織。隣国コンゴ民主共和国の北キブ州に拠点を築き武装闘争を開始したが、2010年現在はコンゴ民主共和国とルワンダの両国軍が共同で掃討作戦を実施するに至っているほか、国際連合コンゴ民主共和国ミッションの平和維持部隊も対応に当たっている。(Wikipediaより引用)

 

ルワンダ大虐殺(ジェノサイド)とは?

ルワンダ虐殺(ルワンダぎゃくさつ、英語: Rwandan Genocide)とは、1994年にルワンダで発生したジェノサイド(虐殺)である。1994年4月6日に発生した、ルワンダのジュベナール・ハビャリマナ大統領と隣国ブルンジのシプリアン・ンタリャミラ大統領の暗殺から、ルワンダ愛国戦線 (RPF) が同国を制圧するまでの約100日間に、フツ系の政府とそれに同調するフツ過激派によって、多数のツチとフツ穏健派が殺害された。正確な犠牲者数は明らかとなっていないが、およそ50万人から100万人の間、すなわちルワンダ全国民の10%から20%の間と推測されている。(Wikipediaより引用)

 

事件の舞台となったのは、今年新しく外国人観光客向けに作られたホテルと言われています。2019年の9月に、ルワンダの大統領が、その新しいホテルに泊まったことが原因と言われていますが、概要ははっきりと分かっていません。

 

ルワンダ軍と警察は,襲撃事件の実行犯のうち21名を殺害,5名を逮捕し,残りの実行犯を探しているそうです。

 

事件当時、私は?

事件があった日、私はたまたま他の任地にいました。事件の報告を受け、1日首都退避となりましたが、その次の日には任地に戻りました。

自分の任地から、事件のあったキニギセクターは車で10分ほど。

 

事件のあったときに、任地にいなかったことはすごくラッキーでした。

 

 

事件後の任地の様子

 

任地までの帰路は、各所に拳銃を持った警察官や軍人が。

任地に戻ると、いつも住んでいる村とは違う雰囲気が漂っていました。

いつもは元気に挨拶してくれる村人は少なく、みんなひそひそと話していました。

いつも元気に外で遊んでいる子どもたちはいなくなっていました。

 

事件時に、拳銃の音が私の住む村まで聞こえてきて、子どもたちは怯えているんだそう。そりゃ、私も銃声が聞こえたら怖い!

しばらく静かな村となっていました。私自身もなるべく外に出ないように活動も3日ほどお休みをもらい、家で自宅待機をしました。恐怖と不安が大きかったのを覚えています。

 

その後の任地は?

事件から約2週間ほど経ちますが、事件も早急に鎮静化し、近隣でも落ち着いてきているように伺えます。

子どもたちが外で遊ぶ光景が見られるようになりました。

 

事件について、村人や同僚に聞くと

「そんな小さな事件、ナチバゾ(現地語で「問題ない」)よ。」

と答えます。

日本だったら大事件なのに、現地人の感覚では小さい事件なんだそう。

意識の違いにもびっくりしました。

 

恐ろしい体験もしましたが、自分も先週から何の問題も無く活動を再開できています。

 

ただ、2019年10月末まで私の住むエリアを含む北部の6セクターが日本人は立ち入り禁止となってしまいました。

 

 

 

ルワンダは平和?

 

ルワンダはアフリカの中でも一番平和。

 

もちろんルワンダは25年前に起こったジェノサイドを乗り越え、他のアフリカ諸国に比べて平和だと思います。

しかし、ここはまだ発展途上国で、いつどんなことがあってもおかしくない、ということを再認識しました。日本に住んでいても事件が起きるときは起きるので、その点は同じだと思います。

どんな時でも緊張感を持って生活することが大事ですね。

 

事件が怖くて、夜眠れなくなることもありましたが、日本の家族や友人、協力隊の同期が電話や連絡が支えになりました。

 

特に私の母は、

「なっちゃんなら、いつもツイてるから大丈夫よ!」

と、励ましてくれました(笑)改めて自分は超ポジティブ教育を受けてこられたことを幸せに思います。

 

今後このような悲痛な事件が起きないことを願います。そして、より気を引き締めて生活をしようと決めたのでした。

 

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

 

ABOUT ME
津田ナツキ
世界の貧困をこの目で確かめる、ことを目的に青年海外協力隊としてルワンダで草の根活動中。ろう学校で教師として英語、情操教育を指導しながら、校内カフェレストランの立ち上げ、障がいに優しい街づくりを実践中。